電子回路設計の基礎 > 4-5. バイアス電圧と信号電圧
バイアス電圧と信号電圧
「4-3. 増幅回路の動作原理」で、回路を正しく動作させるためには適切にバイアス電圧を与え、そのバイアス電圧を中心に信号電圧を与えなければならないことを述べました。このページでは、バイアスと信号の考え方や具体的にバイアス電圧を中心に信号電圧を与えることのできる回路について説明します。
1. バイアスと信号の考え方
トランジスタを使った電子回路を正しく動作させるためには、適切にバイアス(バイアス電圧もしくは電流)を与え、そのバイアスを中心に信号(信号電圧もしくは電流)を与える必要があります。そうすることにより、所望の回路動作を実現することが出来るのです。
このことは、水槽に水を張って波を伝搬させる様子に似ています。
図1. 波の伝搬の例
図1 (a) に水槽に水を張り、正しく波が伝搬している様子を示しています。仮に、同図 (b) のように波の振幅に対して水面の高さが十分にないと、正しく元の波形を伝搬することができません。
電子回路で言う「バイアス」とは波がないときの水面の高さにあたります。また、「信号」とは波にあたります。つまり、せっかく高性能な回路があったとしても、適切にバイアスが与えられていないと性能を発揮できなくなってしまいます。電子回路では、バイアスを適切に与えることは非常に重要なのです。
さて、それでは適切にバイアスを与えて、そのバイアスを中心に信号成分を与えるためには、どのようにすればいいのでしょうか?そのためにはバイアス回路と呼ばれる回路を利用する必要があります。よく知られたバイアス回路はいくつか存在しますが、一例を図2 に示します。
図2. バイアス回路の例
この回路の入力に信号電圧のみを与えるだけで、バイアス電圧を中心に信号電圧が与えられた電圧が出力されます。それでは次に、図2 のバイアス回路の動作について説明したいと思います。
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2. バイアス電圧と信号電圧の作り方
ここでは、バイアス電圧を中心に信号電圧を与えることのできる回路について説明します。このような回路をバイアス回路と言います。
図3. バイアス回路の例と入出力電圧
図3 (a) は、よく知られたバイアス回路の一例です。この回路の入力と出力の間にはコンデンサが接続されています。まずは、コンデンサの特徴に注目しましょう。
コンデンサのインピーダンスは、 1/(jωC) で表されます。ω は角速度(または角周波数ともいう)と呼ばれ、周波数 f とは ω=2π×f の関係式で表されます。コンデンサのインピーダンスの式は、周波数によってインピーダンスが変化することを表しています。
周波数が 0Hz である直流成分に関しては、インピーダンス 1/(jωC) は無限大に大きくなります。一方で周波数が高くなるに連れて、インピーダンスは小さくなっていきます。インピーダンスとは、言わば交流回路における抵抗を表しています。抵抗が大きければ入力が出力に伝わりにくく、逆に抵抗が小さければ入力が出力に伝わりやすくなります。
図3 (a) の入力の直流電圧成分に関しては、コンデンサのインピーダンスが無限大に働くため、全く出力には伝わりません。そのため、出力の直流電圧成分は R1 と R2 の分圧で決まることになります。つまり、 R2/(R1+R2) × Vp となります。
一方、入力の交流電圧成分、つまり信号電圧成分に関してですが、コンデンサのインピーダンスが R1 や R2 に比べて十分に小さければ信号電圧成分は出力に伝わります。
図3 (a) の回路に同図 (b) の上の段のような電圧を入力すると、下の段のようにバイアス電圧 R2/(R1+R2) × Vp を中心に信号電圧が出力されます。
3. バイアスは回路設計の「下準備」
電子回路の設計では、バイアスを適切の与える必要があることをこれまで述べてきました。しかし、このバイアスを適切に与える作業は、とても重要なのですが正しい出力を得るための「下準備」にすぎません。
電子回路の設計で重要なことは、入力した信号がどのように出力されるかということです。この入出力特性を解析するために、回路の方程式をといて数式を導き出すといったことを行います。
回路を数式化することのメリットは、回路の性能を向上させるために、どの素子値を変えれば良いかが理解できるという点にあります。そうすることにより、効率的に最適な回路を設計することが可能になります。
この数式を導き出すときに、バイアス成分は無視される場合がほとんどです。
例えば、次章「第5章 オペアンプ」で説明するオペアンプと呼ばれる回路は、本やWebサイトで説明されている内容を見ると特に断りもなくバイアス成分が無視されている場合が多くあります。
電子回路を学ばれる方には注意して頂きたいのですが、電子回路は適切にバイアスが与えられていないと正しく動作しません。これは「下準備」と考えてください。本やWebサイト等で、信号成分についてしか書かれていない場合がありますが、適切な下準備がなされていることが前提です。
当サイトでもこれ以降は、特に理由がない限りバイアス成分については省略して話を進めていきます。下準備であるバイアス成分が適切に与えられていることが前提です。
電子回路を設計するとき、その回路が目標とする性能を満たすようにしなければなりません。そのために回路を数式に置き換えて、目標とする性能を満たすように抵抗やコンデンサといった回路素子の値を決める必要があります。
バイアス電圧(もしくはバイアス電流)は回路を正しく動作させるためにとても重要ですが、ただ単純に信号成分を底上げしているだけで回路特性には影響を与えません。そのため無視すること可能なのです。